Practiceとしての法解釈

法の解釈をやっていきます。法解釈方法論を考えたり、事例問題検討したり。

規範内容不明確ケースにおける解釈方法①ー取消しと登記の判例を素材にー

取消しと登記(大判昭17年9月30日)

1 事案の概要
判例(大判昭17年9月30日)についての事案をまず概観しておこう。本事案は、(単純化すれば)XがY1に騙されて土地を売却し登記を移転した後、Xは詐欺に基づきこれを取り消す旨の意思表示をしたところ、Y1はY2のために抵当権を設定しその旨の登記をしたというものである。
2 争点
本件において問題となるのは詐欺にもとづき契約が取り消された場合に、かかる取消しによって生じた法律関係につき民法177条を適用することができるかということである。
3 判旨
このような問題について、裁判所は、「凡そ民法96条第3項に於いて詐欺による意思表示の取消しはこれをもって善意の第三者に対抗することを得ざる旨規定せるは、取消によりその行為が初めより無効なりしものと看做さるる効果則ち取消の遡及効を制限する趣旨なれば、ここに所謂第三者とは取消の遡及効により影響を受くべき第三者、則ち取消前より既にその行為の効力につき利害関係を有せる第三者に限定して解すべく、取消以後において始めて利害関係を有するに至りたる第三者は、仮にその利害関係発生当時詐欺及取消の事実を知らざりしとするも右条項の適用を受けざること、原判示の如くなりといえども、右条項の適用なきの故をもって直ちにしかる第三者に対しては取消の結果を無条件に対抗し得るものと為すを得ず。今これを本件について観るに、本件売買が・・詐欺により取消し得べきものなりとせば、本件売買の取消しにより土地所有権はXに復帰し初めよりY1に移転せざりしものと為るも、この物権変動は民法177条により登記を為すに非ざれば之をもって第三者に対抗することを得ざるを本則と為すをもって、取消後Y1との契約により権利取得の登記をなしたるY2にこれを対抗し得るものとなすには、取消による右権利変動の登記なきこと明らかなる本件に於いては、その登記なきもこれをY2に対抗しうべき理由を説明せざるべからず。然るに原判決はこの点につきなんら説示するところなくして、取消による右権利変動を当然Yに対抗し得るものと如く解」する。と判示した。
4 考察
⑴ 実質的判断
ここでは、詐欺による取消後の物権変動に、民法177条を適用できるかどうかが問題となっている。条文の文理を重視していえば、取消による物権変動が同条の「不動産の物権の得喪及び変更」に包含されるかという問題である。
まず、前提として177条が適用される典型的な例は不動産を二重譲渡したというような場合である。このような場合に同条が適用されることについてはまず異論がないであろう(まさに典型である)。本件はこのような典型例とは異なる。異なるからこそ問題になるのである。そこで、判決においても、「本件売買の取消に依り土地所有権はXに復帰し初よりY1に移転せざりしものと為る」として、同条が適用される(すなわち「不動産の物権の得喪及び変更」にあたる)典型的な例である二重譲渡事例との相違点(二重譲渡の場合と異なり、取消の遡及効により初めからY1に移転しなかったという点)を指摘しており、この相違点の存在ゆえに適否が問題になるということを示している。 すなわち、判決は適用の可否を問題にする場面では、問題となる事案について、当該条文の典型例との相違点を考慮しているとみることができる。
他方で、「此の物権変動は民法177条に依り登記を為すに非ざれば之を以て第三者に対抗することを得ざるを本則と為す」としており、上記の相違点の存在にもかかわらず、本件の物権変動が同条の適用場面にあたることを示している。これは、本件物権変動につき、同条の典型的な例である二重譲渡事例との間に、(取消しの意思表示をしたことによって二重譲渡類似の物権変動が生じているとみることができるという)類似点を見いだし、これを上記相違点よりも重視したもの(相違点を無視できたのは、取消後の第三者との関係においては、遡及効からの保護の要請が低いことにあるだろう)であると思われる。
以上にてらしてみると、裁判所としては、当該事案と、当該規範が想定している典型例と比較し、その相違点と類似点を考慮した上で同様に扱えるのであれば適用を肯定し、そうでなければ適用を否定しているものと考えられる。
⑵ 法律構成
法律構成としては、実質的判断の段階で適用の可否について結論が得られていることを受けて、かかる結論を法的に正当化するために規範内容を明確化していくことになる。
この点、裁判所としては、前述の通り、取消による物権変動につき177条が適用できるという結論を導くために、「此の物権変動は民法177条に依り登記を為すに非ざれば之を以て第三者に対抗することを得ざるを本則と為す」としている。これは取消しによる復帰的物権変動が、177条をワークさせるに足る利益状況、すなわち177条の要件である「不動産の物権の得喪及び変更」に包含されること、そして、「登記をしなければ、第三者に対抗することができない」という効果が生じることを示したものである。
以上にてらしてみると、裁判所としては、実質的判断の段階で適用の可否について結論が得られていることを受けた法律構成をなすにあたっては、当該事案が、条文の要件に包含されること、これによってその条文の定める効果が生じることを示すことによって規範内容を明確化しているものと考えられる。
5 結論
以上の判例検討から学べることは以下のようになろう。すなわち、規範内容不明確ケースにおける法解釈方法として、まず当該事案に当該規範が適用できるか否かにつき実質的な判断をなした上で、それを法的に正当化する法律構成をなしていくことになる。
⑴ 実質的判断については、当該事案と、当該規範が想定している典型例と比較し、その相違点と類似点を考慮した上で同様に扱えるのであれば適用を肯定し、そうでなければ適用を否定するという方法が有用なのではないかと思われる。
⑵ 法律構成については、当該事案が、条文の要件に包含されること、これによってその条文の定める効果が生じることを示すことによって規範内容を明確化するという方法が有用なのではないかと思われる。

平成28年司法試験会社法

28年会社法 問題文*1
100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,3.5:3:3.5〕)

次の文章を読んで,後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。

1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は取締役会及び監査役を置いている。甲社の定款には取締役は3名以上とする旨の定めがあるところ,A,Bほか4名の計6名が取締役として選任され,Aが代表取締役社長として,Bが代表取締役専務として,それぞれ選定されている。また,甲社の定款には,取締役の任期を選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会終結の時までとする旨の定めがある。甲社の監査役は,1名である。

甲社は種類株式発行会社ではなく,その定款には,譲渡による甲社の株式の取得について取締 役会の承認を要する旨の定めがある。甲社の発行済株式及び総株主の議決権のいずれも,25 %はAが,20%はBが,それぞれ保有している。

2.甲社は建設業を営んでいたが,甲社においては,Aが事業の拡大のために海外展開を行う旨 を主張する一方で,Bが事業の海外展開を行うリスクを懸念し,Aの主張に反対しており,A とBが次第に対立を深めていった。Aは,事業の海外展開を行うために必要かつ十分な調査を 行い,その調査結果に基づき,事業の海外展開を行うリスクも適切に評価して,取締役会にお いて,事業の拡大のために海外展開を行う旨の議案を提出した。この議案については,Bが反 対したものの,賛成多数により可決された。

甲社はこの取締役会の決定に基づき事業の海外展開をしたが,この海外事業は売上げが伸びず に低迷し,甲社は3年余りでこの海外事業から撤退した。

3.この間にAと更に対立を深めていたBは,取締役会においてAを代表取締役から解職するこ とを企て,Aには内密に,Aの解職に賛成するように他の取締役に根回しをし,Bを含めてA の解職に賛成する取締役を3名確保することができた。甲社の取締役会を招集する取締役につ いては定款及び取締役会のいずれでも定められていなかったことから,Bは,Aの海外出張中 を見計らって臨時取締役会を開催し,Aを代表取締役から解職する旨の議案を提出することとした。

4.Bは,Aが海外出張に出発したことから,臨時取締役会の日の1週間前にAを除く各取締役 及び監査役に対して取締役会の招集通知を発した。この招集通知には,取締役会の日時及び場 所については記載されていたが,取締役会の目的である事項については記載されていなかった。

Aの海外出張中に,Aを除く各取締役及び監査役が出席し,臨時取締役会が開催された。Bは, この臨時取締役会において,議長に選任され,Aを代表取締役から解職する旨の議案を提出し た。この議案については,賛成3名,反対2名の賛成多数により可決された。

5.Aが,海外出張から帰国し,Aを代表取締役から解職する旨の臨時取締役会の決議の効力を 強硬に争っていたところ,臨時取締役会の決議においてAの解職に反対した取締役のうちの一 人が,甲社の内紛に嫌気がさし,取締役を辞任した。そこで,Bは,各取締役及び監査役の全員が出席する定例取締役会であっても,Aの解職の決議をすることができる状況にあると考え, 解職を争っていたAを含む各取締役及び監査役の全員が出席した定例取締役会において,念の ため,再度,Aを代表取締役から解職する旨の議案を提出した。この議案については,賛成多 数により可決された。また,甲社においては,取締役の報酬等の額について,株主総会の決議 によって定められた報酬等の総額の最高限度額の範囲内で,取締役会の決議によって役職ごと に一定額が定められ,これに従った運用がされていた。この運用に従えば,Aの報酬の額は, 月額50万円となるところ,Bは,この定例取締役会において,Aの解職に関する議案に続け て,解職されたAの報酬の額を従前の代表取締役としての月額150万円から月額20万円に 減額する旨の議案も提出した。この議案についても,賛成多数により可決された。この定例取締役会において,BがAの後任の代表取締役社長として選定された。

〔設問1〕

(1) Aを代表取締役から解職する旨の上記4の臨時取締役会の決議の効力について,論じなさい。 (2) Aの報酬の額を減額する旨の上記5の定例取締役会の決議の後,Aは,甲社に対し,月額幾 らの報酬を請求することができるかについて,論じなさい。なお,Aが代表取締役から解職されたことを前提とする。
6.代表取締役から解職されたAは,甲社の株主として,定時株主総会において,Aの解職に賛 成したBら3名を取締役から解任しようと考え,Bら3名の取締役の解任及びその後任の取締 役の選任をいずれも株主総会の目的とすることを請求するとともに,これらに関する議案の要領をいずれも定時株主総会の招集通知に記載するように請求した。

甲社の定時株主総会の招集通知には,会社提案として,海外事業の失敗を理由とするAの取締 役の解任に関する議案が,Aの株主提案として,上記Bら3名の取締役の解任に関する議案及 びその後任の取締役の選任に関する議案が,それぞれ記載されていた。

7.甲社の定時株主総会においては,Aの取締役の解任に関する議案は可決され,上記Bら3名 の取締役の解任に関する議案及びその後任の取締役の選任に関する議案はいずれも否決された。 なお,Aの取締役としての任期は,8年残っていた。

〔設問2〕

(1) 上記7の定時株主総会において取締役から解任されたAが,甲社に対し,解任が不当である と主張し,損害賠償請求をした場合における甲社のAに対する会社法上の損害賠償責任につ いて,論じなさい。

(2) 仮に,上記6の定時株主総会の招集通知が発せられた後,Aが多額の会社資金を流用してい たことが明らかとなったことから,Aが,Aの取締役の解任に関する議案が可決されること を恐れ,旧知の仲である甲社の株主数名に対し,定時株主総会を欠席するように要請し,そ の結果,定時株主総会が,定足数を満たさず,流会となったとする。この場合において,1 Bが,甲社の株主として,訴えをもってAの取締役の解任を請求する際の手続について,説 明した上で,2この訴えに関して考えられる会社法上の問題点について,論じなさい。

8.甲社は,内紛が解決した後,順調に業績が伸び,複数回の組織再編を経て,会社法上の公開 会社となり,金融商品取引所にその発行する株式を上場した。現在,甲社の資本金の額は20 億円で,従業員数は3000名を超え,甲社は監査役会及び会計監査人を置いており,Cが代 表取締役社長を,Dが取締役副社長を,それぞれ務めている。

9.甲社の取締役会は「内部統制システム構築の基本方針」を決定しており,甲社は,これに従 い,法務・コンプライアンス部門を設け,Dが同部門を担当している。また,甲社は,内部通 報制度を設けたり,役員及び従業員向けのコンプライアンス研修を定期的に実施するなどして, 法令遵守に向けた取組を実施している。さらに,甲社は,現在,総合建設業を営んでいるとこ ろ,下請業者との癒着を防止するため,同規模かつ同業種の上場会社と同等の社内規則を制定 しており,これに従った体制を整備し,運用している。

10.甲社の内部通報制度の担当者は,平成27年3月末に,甲社の営業部長を務めるEが下請業 者である乙株式会社(以下「乙社」という。)の代表取締役を務めるFと謀り,甲社が乙社に対 して発注した下請工事(以下「本件下請工事」という。)の代金を水増しした上で,本件下請工 事の代金の一部を着服しようとしているとの甲社の従業員の実名による通報(以下「本件通報」 という。)があった旨をDに報告した。ところが,その報告を受けたDは,これまで,甲社において,そのような不正行為が生じたことがなかったこと,会計監査人からもそのような不正行 為をうかがわせる指摘を受けたことがなかったこと,EがDの後任の営業部長であり,かつて 直属の部下であったEに信頼を置いていたことから,本件通報には信ぴょう性がないと考え, 本件下請工事や本件通報については,法務・コンプライアンス部門に対して調査を指示せず, Cを含む他の取締役及び監査役にも知らせなかった。

11.甲社の内部通報制度の担当者は,その後,Dから,法務・コンプライアンス部門に対し,本 件下請工事や本件通報についての調査の指示がなかったことから,平成27年5月に,本件通 報があった旨をCにも報告した。その報告を受けたCは,直ちに,本件下請工事や本件通報に ついて,法務・コンプライアンス部門に対して調査を指示した。

12.甲社の法務・コンプライアンス部門が調査をした結果,2週間程度で,以下のとおり,Eと Fが謀り,本件下請工事について不正行為をしていたことが判明した。
(1) EとFは,本件下請工事について,合理的な代金が1億5000万円であることを理解していたにもかかわらず,代金を5000万円水増しして,2億円と偽り,水増しした5000万円を後に二人で着服することをあらかじめ合意していた。
(2) 甲社の社内規則上,甲社が発注する下請工事の代金が1億円以上となると,複数社から見積りを取得する必要が生じることから,Eが,Fに対し,本件下請工事について,形式上,工 事を三つに分割して見積書を3通作成することを指示し,乙社は,①第一工事の代金を8000万円,②第二工事の代金を5000万円,③第三工事の代金を7000万円として,本件下請工事について代金が合計2億円となるように3通の見積書を作成し,甲社に提出した。

(3) Eは,甲社の関係部署を巧妙に欺き,3通の見積書がそれぞれ別工事に関わるものであると 誤信させた。これにより,甲社は,平成26年9月に,乙社との間で,上記の各見積書に基 づき3通の注文書と注文請書を取り交わした上で,以後,乙社に対し,毎月末の出来高に応じて翌月末に本件下請工事の代金を支払っていった。

(4) 甲社は,本件下請工事が完成したことから,乙社に対し,平成27年4月末に残金合計30 00万円を支払い,その後,EとFが,甲社が乙社に対して支払った本件下請工事の代金か ら5000万円を着服した。

(5) 甲社の会計監査人は,平成27年1月に,乙社に対し,甲社の平成26年12月期の事業年 度の計算書類及びその附属明細書等の監査のために,本件下請工事の代金の残高についての照会書面を直接郵送し,回答書面の直接返送を求める方法で監査を行ったが,Eは,Fに対 し,回答書面にEが指定した金額を記載して返送するように指示をするなど,不正が発覚す ることを防止するための偽装工作を行っていた。

〔設問3〕 上記8から12までを前提として,①Cの甲社に対する会社法上の損害賠償責任及び ②Dの甲社に対する会社法上の損害賠償責任について,それぞれ論じなさい。

 

検討

第1 設問1
1 小問⑴

⑴ア 臨時取締役会の効力について論じる前提として、取締役会の無効事由が明文なく問題となる。

イ この点、明文にない以上は、法の一般原則にしたがい、重大な法令定款違反の存する場合に無効となると解する。もっとも決議の結果に影響がないというべき特段の事情がある場合にはこの限りではない。*2
ウ 本問についてみるに、Bは、Aが海外出張に出発したことから、臨時取締役会の日の1週間前に各取締役及び監査役に対して取締役会の招集通知を発したのであるが、Aについてはこれが欠けている。すなわち、368条1項という法令違反があるといえる。また、招集通知は取締役に取締役会への参加の機会を付与する重要なものであり、これに反することは重大な法令違反といえる。また、確かにAは解任対象取締役であり「決議について特別の利害関係を有する取締役」(369条2項)として決議に加わることができず、定足数算定の基礎からも除外され(同1項)、通知があったとしても決議の結果に影響がないとも思える。しかし、取締役会においては特別利害関係のある議題以外にも次々と他の議題を追加できるのであってこのような議題にコミットする機会を完全に奪う点においてなお、結果に影響がないということはできない*3

⑵ したがって、本件臨時取締役会は無効である。
2 小問⑵
⑴ア Aが甲社に対して月額いくらの報酬を、請求することができるかを決するために、前提として取締役の報酬の減額をなしうるのか、仮になしうるとしてどのようになすのかが問題となる。
イ この点、取締役の報酬等の額について、株主総会の決議によって定められた報酬等(361条)の総額の最高限度額の範囲内で、取締役会の決議によって役職ごとに一定額が定められ、これに従った運用がなされている場合には、それに従う限りにおいて、適正な額への減額は可能であるというべきである*4
ウ これを本件についてみるに、甲社においては、取締役の報酬等の額について、株主総会の決議によって定められた報酬等(361条)の総額の最高限度額の範囲内で、取締役会の決議によって役職ごとに一定額が定められ、これに従った運用がなされている。しかし、この運用に従えば、Aの報酬の額は月額50万円となるところ、Bは、この定例取締役会において、Aの解職に関する議案に続けて、解職されたAの報酬の額を従前の代表取締役としての月額150万円から月額20万円に減額する旨の議案を提出し、可決されたのであるが、これは上記運用に従ったとはいえず、不適正な減額といわざるをえない。

⑵ したがって、その差額30万円をAは甲社にたいし不当利得として返還請求(民法703条)しうることになる。
第2 設問2
1 小問⑴
⑴ Aの損害賠償請求は、解任につき「正当な理由」(339条2項)を欠くことを根拠とするものと考えられる。
ア そこで、「正当な理由」の意義が問題となる。
イ この点、役員を解任することの趣旨は会社にとってその運用を任せることが不適切な者を排除することにある。そうだとすれば、「正当な理由」とは、会社の運用を任せることが不適切である者といえる十分な事情のあることをいうと解する*5
ウ これを本問についてみるに、確かにAは海外事業につき失敗をしたものであるが、Aは、事業の海外展開にあたって必要かつ十分な調査を行い、その調査結果に基づき、事業の海外展開を行うリスクも適切に評価して、取締役会において海外展開についての議案を提出し、可決を受けている。このような事情からすると、Aの経営判断過程にミスはなく、事前のチェックも受けており、会社の運用を任せることが不適切な者である十分な事情は伺えない。
 したがって「正当な理由」は認められない。
⑵ よって、Aは残りの任期8年分の報酬分の損害賠償請求をなしうる。
2 小問⑵
⑴ ①について
 役員解任の訴え(854条)を提起することが考えられる。

ア これは会社と取締役の双方を被告とすべき固有必要的共同訴訟であり、甲社の本店所在地を管轄する地方裁判所に訴えを提起すべきである(855条、856条)*6

イ なお、甲社は非公開会社であり株式保有期間要件は課されず(854条)、Bは総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有しているから原告適格が認められる(854条1項1号)。
⑵ ②について
ア(ア) 流会になったことで、「否決されたとき」にあたらないのではないかということが問題となる。
(イ) この点、株主総会が開催されて否決されたときですら解任の訴えが認められるのであるから、解任対象役員が働きかけて株主総会を流会にしたような場合にも当然に「否決されたとき」に包含されると解する*7
(ウ) 本問では、まさに解任対象たるAが旧知の仲である甲社の株主数名に働きかけて株主総会を流会にしたのであるから「否決されたとき」に当たることは問題ない。
イ したがって、その他の要件も満たせばこの訴えは認められる。
第3 設問3
1 ①について
⑴ 内部統制システム(362条4項6号、5項)構築義務について
ア 甲社は資本金額200億円の大会社(2条6号イ)であり内部統制システム構築義務が課される。
イ 甲社の取締役会は「内部統制システム構築の基本方針」を決定しており、甲社は、これに従い、法務・コンプライアンス部門を設け、Dが同部門を担当している。また、甲社は、内部通報制度を設けたり、役員及び従業員向けのコンプライアンス研修を定期的に実施するなどして、法令遵守に向けた取組を実施している。さらに、甲社は、現在、総合建設業を営んでいるところ、下請業者との癒着を防止するため、同規模かつ同業種の上場会社と同等の社内規則を制定しており、これに従った体制を整備し、運用している。

 したがって内部統制システム構築義務違反はない。
⑵ 同システムを前提とした善管注意義務について 

予見可能性を前提とした結果回避義務違反があったかどうかによって判断される*8
イ Eらは巧妙な手口でことをなしたのであり、Cは報告を受けるまでこれを予見することはできなかったのであるし、他方Cは報告を受けて直ちに本件下請工事や本件通報について、法務・コンプライアンス部門に対して調査を指示したのであるから、予見可能性を前提とした結果回避義務違反はないものといえ、善管注意義務(330条、民法644条)違反もない。

 よって、Cは423条1項に基づく任務懈怠責任を負わない。
2 ②について
⑴ 同構築義務について
①と同様問題ない。
⑵ 同善管注意義務について
ア Cと異なり、Dは通報を受けた時点で、このようなことが行われていること、それとこれを放置すれば会社に損害が生じることについて予見可能性があった。確かに、Dはこれまで甲社において本件のような不正行為がなかったこと、会計監査人からもそのような指摘がなかったこと、EがDの後任の営業部長でありその信頼が厚かったといった諸事情から、なお予見可能性を否定する余地はあるとも思える。しかし、本件通報は甲社の従業員による実名の通報であるところ、およそ甲社のような大企業において内部告発を実名でなすことは、これが仮に狂言であった場合には会社員人生を放棄するに等しい狂気であり、通常このような行動に出る場合は、相当程度の確実の認識と覚悟を持ってなすものと考えられ、信用性は高いものといえるのであり、このような告発を前提とした通報を受けた場合たる本件ではなお予見可能性は否定できない。にもかかわらず、Dは本件下請工事や本件通報については、法務・コンプライアンス部門に対して調査を指示せず、Cを含む他の取締役及び監査役にも知らせなかったのであるから予見可能性を前提とした結果回避義務違反が認められ、これは善管注意義務違反(330条、644条)となる。
イそうすると、これが任務懈怠を構成し、Dは甲社に対する責任を負う(423条1項)。

 具体的には、甲社による調査の結果、2週間程度で不正行為が発覚しているのであるが、もしDが通報を受けた3月末に調査を開始していたら4月中旬にはこれが発覚していたものということができる。そうすると、4月末に乙社に対して支払った3000万円は「役員等」であるDの「任務を怠った」ことに「よって」甲「社に生じた損害」であるといえる。

 したがって、Dは甲社に3000万円の損害賠償責任を負う。

*1:http://www.moj.go.jp/content/001182602.pdf

*2:最三小判昭和44年12月2日民集23巻12号2396頁参照。

*3:東京地判昭和56年9月22日判タ462号164頁、東京地判昭和63年8月23日金判816号18頁参照

*4:最二小判平4年12月18日民集46巻9号3006頁参照

*5:判例は、「正当な理由」につき、役員等に職務執行上の不正行為・法令定款違反行為があった場合、心身の故障などにより客観的に職務遂行に支障をきたすような状態になった場合を意味するとしている。最一小昭和57年1月21日判時1037号129頁。

*6:最二小判平成10年3月27日民集52巻2号661頁

*7:高松高決平成18年11月27日金判1265号14頁参照。

*8:最一小判平成21年7月9日判時2055号147頁参照