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あまぎ日記

交渉と法についてだらだらと書き綴っていこうかなというブログです。

統合型交渉

統合型交渉(=原則立脚型交渉)とは、①人と問題を分離すること、②立場でなく利害に焦点をあてること、③多くの選択肢をもつこと、④客観的基準を用いて判断することをその不可欠の要素とする交渉スタイルのことをいうのがどうやら一般的なようです。

他方でこれと対比されるのが分配型交渉といわれるもので、お互いの立場を強調することで問題をあたかもパイを分配するかのようなゼロサムゲームに陥らせてしまうタイプの交渉スタイルですね。よくみられる値引き交渉などが典型でしょうか。

さて、いずれの交渉スタイルが望ましいのかという問題が提起されますが、私見としては前者を支持したいと考えています。

交渉の目的を一回的な問題解決に置くのであればいざしらず、継続的な関係をも念頭に置くのであれば交渉当事者双方にとって納得のいく合意を形成する必要かあります。そうだとすると、立場を強調するのではなく、双方の利害にフォーカスし、それに対して客観的基準を模索し、共有し、多くの選択肢を検討していくというアプローチが適切だと思われます。言い換えると、立場による対立的な交渉態度ではなく、問題を共に解決するパートナーとして扱うという交渉態度こそが重要であると考えます。

交渉コンペティション

学部レベルでは大学対抗の交渉コンペティションhttp://www.negocom.jp)なるものがあります(私も2014年に第13回大会に大学代表として出場した経験があります)。

こいつは一体どういうものかといいますとですな、世界各国の大学が一堂に会して(おおまかには日本の旧帝大早慶+αに加えてシドニー大学、オーストラリア国立大学、メルボルン大学シンガポール国立大学香港大学etc…)交渉(および仲裁)の技能を競い合うというものとなっております。

具体的には、「毎年1回、2日間にわたって行われる仲裁・交渉の大学対抗戦で」、「1日目には模擬仲裁を、2日目には模擬交渉を行」うとされています。また「仲裁も交渉も、国際的なビジネスを題材とした問題であり、」事前に問題が発表されてから「約2カ月かけて英文契約書を含む数十頁の問題に取り組」むことになります。「各大学は架空のネゴランド国のレッド社あるいはアービトリア国のブルー社のいずれかを担当することになり」、両当事者間で交渉の実技を披露することでいかに充実した交渉ができたか、納得のいく合意が得られたかという観点(および仲裁においては説得的な弁論ができたかという観点)から評価がなされるわけです。「大会には日本語の部と英語の部があり、英語の部では書面の作成から口頭でのやりとりまで、全て英語で行われ」ることになります。(「」内は公式ホームページより引用)。

多くの大学では交渉学のゼミのプログラムとしてビルトインされており、我が母校においてもその例にもれず、ゼミで一丸となって交渉コンペに備えるという形で交渉教育がなされていました。

コンペの準備としては、②交渉学の基礎理論を用いて問題文から当事者の利益状況を分析し、獲得しうる最大限の条件(TOP)と受忍限度ギリギリの条件(BOTTOM)を設定する、すなわち(ZOPA)を確定させることからはじまり、②TOPに近づけるためにいかなる交渉戦略をとるべきかを策定し(基本的にはサラミスライスにならずに、創造的な選択肢を用意する方向が望ましいように思います。その際に、win-winとなることがより望ましいといった前提を共有することが極めて重要になります。なぜなら、交渉がゼロサムゲームに陥るとパイの奪い合いとなり、結果としてお互いの得られる利益の総量が少なくなり、双方にとって望ましくないと思われるからです)、③模擬交渉を繰り返すといったプロセスを辿ります。

これにより、交渉を理論として学んだ上で応用するという交渉教育が学部レベルではかなりしっかりなされているという実感があります。理論と実務の架橋という、どこかで聞いた言葉が極めてしっくりきますな。

ぜひロースクールレベルでも交渉コンペ的なものを導入するべきではなかろうか(蛇足

交渉の有用性

交渉なんて学んでどうするんやというお話ですな。

法交渉学自体耳慣れない分野かもしれませんが、ハーバードなど一部のロースクールでは必修科目となっておりますね。また、米国では法的紛争がトライアル(1〜2%でしたっけ。受験新報の巻頭言『民事訴訟の終焉』に載っていたような気がします)まで進むことが極めて少ないといった状況にまでなっているようで、法的交渉の重要性はますます高くなっているといえるでしょう。

米国に範をとるのであれば日本のロースクールも法交渉学を必須にすればいいのになあと…。いちおう、ローヤリングなどの実務科目で交渉「らしきこと」はやらされるのですが、交渉学に立脚したものでもなく(ZOPAなどの基礎概念も扱わない)経験知的なものであるため、大学院でわざわざやらせるものなのか甚だ疑問を呈せざるを得ませんでした。。

もっとも、学部教育レベルにおいては学問的基礎に立脚した交渉教育が行われていたりします。いわゆる大学対抗交渉コンペというやつですな。次回あたりにご紹介します!

法交渉学とは

法交渉学とは

一般的には紛争解決手段としての交渉をいうものと理解されているみたいです。自己紹介のとこでも軽くふれたようなきがします。

訴訟上の和解などADRの文脈でよく議論されるような気がしますね。学部時代に入っていた法交渉学のゼミの担当教授が和解の神様なんて呼ばれてました。

それはさておき、個人的にはdispute-resolutionとしての交渉のみを法交渉学の対象とすることにはやや反感を覚えます。というのも、法(ないしはより広く客観的基準)を背景とした交渉は紛争解決以外の場面でもありうるからです。たとえば、企業間の継続的な契約締結交渉などが想起されますな。

さて、ここからは畢竟独自の見解とやらになるんでしょうか、私が個人的に支持する統合型交渉(=原則立脚型交渉)(Roger Fisher&Willam Ury『Getting to YES』参照)という交渉スタイルにおいては①人と問題を分離すること、②立場でなく利害に焦点をあてること、③多くの選択肢をもつこと、④客観的基準を用いて判断することをその不可欠の要素としています。これらのうち、とりわけ④の要素すなわち客観的基準の模索→適用→修正のプロセスと法的推論のプロセスとの間には類似性があるんじゃないかなという仮説を立てています。この点については追って検証してみたいですね。

このように、法的推論に類似した交渉という意味で統合型交渉(=原則立脚型)交渉を法的交渉と再定位することを試みたいというあれでした。

自己紹介

①名前について

あまぎっていいます。名前の由来はあれですね、たまたま飲んでいたお酒が「天城越え」という静岡の地酒だったということでそこから命名したわけですな。

②何をやっているのか

大学院で法律とか交渉なんかについて勉強してます。具体的には「紛争解決の基礎としての交渉」(小林秀之『交渉の作法-法交渉学入門』p14-15、p290-291参照)すなわち法交渉学なるものについてちまちま考えてます。

③このブログで何がしたいのか

いつまで続くのかわかりませんが(三日坊主になるかもしれませんね)ひとまずは普段考えてることを整理するという名目でやっていこうと思います。